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山口県立岩国商業高等学校 校長 岩本 武久
今とは教育環境がずいぶんと違っていた小学校低学年の頃、当時学校で九九を覚える課題があった。毎日放課後、先生の前で九九を暗唱することができた者から下校することができた。いつも校庭で遊んで帰っていた私は、九九を覚えることが苦手で、この課題が嫌で嫌で仕方なかった。先生はクラスの児童全員が暗記できるまで妥協せず、一人ひとりを遅くまで指導していた。当時は厳しい先生の印象しかなく、また、九九だけではなく漢字の暗記も同じように私達に対して妥協はなかった。この先生が妥協しなかった理由は、学年が進むとすぐに理解できた。
時は流れ、商業科の教員となり、専門科目を教えるようになった頃、勉強が大変苦手なA君と出会った。彼は運動部で活躍している時の表情と学習している時の表情が全く違う生徒であった。検定試験が近づく中、朝・昼、放課後と彼を呼び出しては指導をしていた。私は彼の時間を拘束したが、彼はよく頑張ってついてきた。そのうち、問題を解いて「分かった」と言っていた彼の言葉はやがて、「楽しくなってきた」に変わり、何とか検定試験も無事合格した時に、「長い間指導していただき、ありがとうございました。」と言ってくれた。その時、長い間忘れていた小学校のあの先生をふっと思い出した。同じ教壇に立つ身になって改めて教師の原点をかみ締めることができた。
数年前、街で小さな子どもの手を引いて歩いていた彼と何十年振りかに出会った。とても良い表情のお父さんの顔をしていた。
(平成26年12月投稿)
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