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平成27年 (2015年) 4月 2日

教育ちょっといい話 第156回

山口県立宇部西高等学校 校長 德重 正昭

 

教員になる前、北海道の牧場で実習生として働いていた時の話である。道東の別海町にある牧場からは、はるか遠くに国後島の島影が見えた。約100haの草地と150頭の乳牛。朝5時の搾乳から作業がスタートする。夜の間、放牧地に出していた乳牛は、はちきれんばかりの乳房で、乳を搾ってもらおうと牛舎の前に集まっている。入口を開けるとそれぞれが決められた自分の牛床にきちんと入って、餌を食べながら搾乳の順番を待っていた。

ある朝、2頭の牛が牛舎に戻ってこなかった。どうしたのかと放牧地を駆け回って探した。すると、1頭が草地の少し奥まったところに横たわり、まさに出産しようとしていた。通常は出産予定日が近づくと夜間も専用の牛房に入れておくのだが、予定日よりかなり早く陣痛が来たようだ。出産による母体への負担を減らすため、のぞいていた子牛の足を引っ張って出産させた。少し小さめの雌の子牛だった。よかった〜。

しかし、乳牛の子牛はすぐに母牛から引き離されてしまう。その後の牛乳生産のため、四つの分房から均等に、かつ徐々に搾る量を増やさなければならないからだ。子牛には人間が搾った母牛の乳を決められた量だけ哺乳瓶に入れて与えられる。子牛が飲みきれない量の乳を出すように品種改良された乳牛の宿命といえばそれまでだが・・・。だから、2年かけて成長した牛が出産する時には、母と子の親子関係を認識することはできないと思っていた。

ところが、その朝、牛舎に戻らなかったもう一頭の牛が、なんと、その牛の母牛だったのだ。母牛は我が子の様子を心配そうにしてたたずんでいた。

昨今の心痛むニュースを見聞きする中、ふと想い出した次第である。

(平成27年3月投稿)

 

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