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平成22年 (2010年) 9月 21日

教育ちょっといい話 第94回

山口県立下関南総合支援学校 校長 尾﨑 敬子

母の覚悟

 

ヴァン・クライバーンコンクールで日本人で初めて優勝された、全盲のピアニスト辻井伸行さんの母、辻井いつ子さんの講演会がありました。主催者の計らいで、視覚障害教育センターでもある本校の教員は、講演後に、辻井さんと直接お話しする機会をつくっていただきました。

偶然、私たちの席近くに、生後三か月の全盲のお子さんのことで、先日本校に相談に来られた御両親がいらっしゃったので、お誘いして一緒にお話しすることにしました。

我が子の障害をどのように受け止め、これからどうやって育てていけばいいのか、御両親は本当に不安でいっぱいの表情をしておられました。胸の内を吐露される御両親に、辻井さんは「神様は、あなた方御夫婦のもとならこの子は幸せになれると確信して、お子さんを授けられたのだと思います。あなた方なら、きっとお子さんを幸せにできます。」と、伸行さんを育てられた経験をもとに話してくださいました。

様々な不安と孤独に必死に耐えておられたお母さんは、溢れる涙とともに、辻井さんの言葉をしっかりと受け止めておられました。その涙からは、悲しみや苦しみだけではない、何かが伝わってきました。

そして、我々教員にも、辻井さんの思いが、心の奥底まで沁み入ってきました。子どもの好きなことやできることを見出し、可能性を伸ばすという一つ一つの営みの先に広がった、こんなにも素晴らしい世界。先入観を捨て、虚心に子どもに寄り添い続ける母の眼差しが開いた、想像をはるかに超える可能性。辻井さん親子が歩いて来られた道は、私たちの前にも広がっているのだと確信できる瞬間でした。

それから約一月後、あのお母さんが、お子さんをつれて本校に定期相談に来られました。私への挨拶の笑顔には、何かをつかまれた自信がうかがえ、講演会でお会いした時とはまるで印象が違うのです。穏やかな表情からは、「この子と幸せになる」という、母としての確かな覚悟が感じられました。

辻井伸行さんのピアノを聴くたびに、温かく、時に熱いものが、胸の中を流れていきます。(平成22年7月投稿)

 

 

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