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平成21年 (2009年) 4月 16日

教育ちょっといい話 第29回

山口県立下関南総合支援学校 校長 田村 知津子

「心に寄り添う」

 

20年前、長女が小学一年生の頃であった。ある朝、長女が、突然学校に行きたくないと言いだした。「どこも悪くないのに学校を休むなんて。」と叱り、登校を促したが動かない。むりやり背中を押して玄関から追い出した。次の日、また次の日、同じようなことが続き、娘を追い出す私の金切り声は日増しに大きくなっていった。

10日くらい経った頃だろうか、とうとう机にしがみついて動かなくなった。背中を押しても、手を引っ張っても動かない。私は無性に腹が立った。「お母さんだってこれだけがんばっちょるのに、どうしてがんばれんの。」子どもを引きずり出そうとしたが離れない。「もう知らん。」私は捨て台詞を残して、職場に向かった。

職場ではそのうち仕事に紛れ、いつものように生徒と語り、怒り、笑って1日の業務を終えた。帰宅すると、いつもなら娘が点灯しているはずの居間のあたりが薄暗い。胸騒ぎがして急いで居間に駆け込んだ。薄暗い中で娘は一人机に座っていた。朝出かけたときのままの姿勢で、うなだれ、机上の涙のにじんだ日記帳を前にして。

私が自分の怒りをぶつけるだけぶつけて、その事も忘れて仕事をしていた間に、子どもは終日、いやこの十日間、ずっと親の怒りを受けとめ、悲しみと対峙していたのか、その娘のつらさを思って、私は胸が張り裂けそうだった。なぜ学校へ行きたがらないのかは聞かなかった。そんなことよりも、悲しみを小さな胸一杯に抱えて一人涙していた娘が心の底から愛おしく、思わず、「寂しかったね、いけんかったね。」と子どもを抱きしめていた。とにかく子どもが愛おしかった。

次の日から、娘はまた、以前のように元気よく通学し始めた。

どこにでもありそうな親子のエピソードかもしれない。しかし私は、この時、娘に、教職に携わる者として、生徒や保護者の「心に寄り添う」ことの大切さを教えられたと、今でも思っている。

 

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