感想
「論語から学んだこと」(生徒のまとめ)
「学問をして、適当な時期に繰り返しおさらいをし、習熟する。なんとうれしいことではないか。」孔子のこの言葉は、学習の基本だと思います。僕は学校で授業を受けた後、自宅で先生から習ったことを教科書やノートを読みながらよく考えて復習することによって、授業では理解しきれなかったことが分かることがよくあります。だから、僕は授業を受けてそのまま復習をしないと、本当の意味で学習をしたことにはならないと思います。学校で一度授業を受けただけでは、完全に理解することは難しいのです。何度も繰り返し復習することによって理解が深まるのだと思います。この教えは、中学生の僕たちにとって、たいへん大切なことだと思います。(男子)
この文言の意味は「むやみに読んだり教わったりするだけで、その内容をよく考えて研究しなければ、理解があやふやになる。むやみに考えてばかりいて、広く先人の意見や知識に学ばないと、独断に陥るから危険である。」というものです。これをわたしなりの言葉で言い換えると「学ぶことと考えることを両立させなければならない」ということになります。わたしがこの文言を選んだ理由も、自分がこのようにしたいと思うからです。なぜならば、わたしは、勉強中、分からないことがあるとすぐに他人や解答に頼ってしまい、その問題について深く考えない傾向があるからです。だから、わたしはこの孔子の考えを読んで、今度からは「学ぶことと考えることの両立」に努力しようと思います。(女子)
「知ったことを知ったこととし、知らないことは知らないこととせよ。これが本当に知るということなのだ。」これはたいへん単純な意味です。しかし、よく考えてみると、この文言は僕の日常生活にとてもよく当てはまっています。なぜなら、僕はしばしば「知ったかぶり」をしてしまうからです。だからこの言葉と最初に出会ったとき、「あっ!」と思いました。孔子の教えは、たいへん身近で、普段当たり前だと思うことばかりなのですが、生きていくうえでとても大事なことだと思います。(男子)
「自分のして欲しくないことは、人にしてはいけない。」というのはよく言われることだ。これは当たり前のことだが、実行することはなかなか難しいことだと思う。例えば、人の悪口を言うこと。自分が言われるのは嫌でも、他人の悪口はついつい言ってしまうものだ。言わないでいると、ストレスをため込んでしまったり、友人と共通の話題を持てなくなってしまったりすることなどがその理由である。しかし、自分が言われたらいい気持ちがしないということをよく考え、これは絶対に改めなければならないと思う。「もしもそれが自分だったら・・・」、という思いを常に頭に置き、過ごしていきたい。(女子)
授業中、他人に流されて私語をしてしまうことがある。それは自分の本当の意志ではなく、他の人も私語をしていたからという理由だ。このことは同調であって、自分らしさがまるでない。逆に、調和というものは、まわりの人間とほどよく協力して、互いの良い所を伸ばすことだ。つまりこの章句は、まわりの良い所を上手に取り入れて、悪い所は自分から拒むことが大切だと言っているのだと思う。それに対して小人は、まわりの良い所は取り入れず、悪い所に流される人のことをさす。孔子のこの考え方は、今でも十分に納得のいく内容で、素晴らしいものだと思う。今も昔も大事なことは変わらないのだと感じた。(男子)
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